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ココクローバー

Author:ココクローバー
栃木県在住の母娘

2008.03.05肺癌ステージ?を診断された母・・・
母一人娘一人・・・。
お母さんがんばって、そう言いながら自分自身も励ます応援ブログで
多くの患者さんと支える家族の皆さんから頑張るパワーを頂きました!!
2008.12.04 母は天国へ旅立ちましたが頑張った奇跡(軌跡)を残します


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DATE: CATEGORY:お知らせ
母が、天国へ旅立ってから。。。
お伝えしたいことは伝えた。。。そう思い、こちらのブログの更新はずっとせずにおりましたが。。。

今日は、母が今お世話になっている大学で大学生の前で献体遺族の思いをお話ししてくるという非常に貴重な経験をさせていただいてきました。。。

今日の私が学生さんたちにお話しした内容です。。。



昨年3月母は肺がんを発症しそして12月に闘病生活を終えました。
その母に私は親孝行というものをしてきませんでした。。。
私が辛いとき、いつも隣には母の笑顔がありました。母の無限の愛に支えられて生きてきました。
その母の優しさはいつまでも続く。。。親孝行なんてあとですれば良いや・・・と感謝の気持ちすら伝えることなく生きてきました。
そんな私は、母の病気を通してたくさんの優しい気持ちを知りました。最後に母は私に大きな財産を残してくれました。

・・・
そんな母の生前を知る人は皆さん『明るくて、元気でパワフルでそして人のお世話をするのが大好きな人・・・』きっと皆さん、そうおっしゃると思います。
娘の私から見ても、それらの言葉がぴったり当てはまる、そんな母でした。。。

私が学生の頃です。学校を終えて家に帰ると、すでに友達がいて母の手料理を食べていた・・・なんてことは良くありました。誰からも、どんな人からも慕われる人でした。
困った人がいたら迷わず手を差し伸べ、慕われることで手をわずらわすことを面倒と思わず、むしろそれを喜びと感じることのできる人でした。。。

同じく、私が学生の時のことです。
そろそろ受験勉強始めないとね、という私の隣で母は『お母さんも勉強する』そう言いだしました。
なんの勉強を始めるのかと聞くと、ずっとやってみたかった介護の仕事に就くための資格を取る。。。そう言っていました。行動力があるうえに、努力家の母はヘルパーや栄養士、そして介護福祉士の資格を取り介護の道に進むという夢を実現しました。


元々の母の性格と介護の道に進んだという環境からでしょうか。。。
ある時母は私に『お母さんに万が一の時は献体を希望しているからよろしく・・・』そう言ったことがあります。
元気が取り柄の母でしたが、もしかするといつも病気を気にしていたのかもしれません。家には入院セットと呼ばれるトランクが1つ用意されており、何かの際にはこれを持ってくるように、そう言われていました。
・・・とはいえ、元気な母を目の前に献体と言われてもピンと来るはずもなくあの時の私は献体が何なのかすら考えることなく受け流していたように思います。
そして、3月病気を発症し入院した母が初日、ノートに献体を希望します。。。そう書き綴っていました。あの日、私は先生から母が末期の肺がんであることを聞かされていたので、そのたった1行の短い言葉が胸に突き刺さったあの衝撃を今でもはっきり覚えています。
その後、闘病生活中母は、新しい治療に取り組む際、体調が思わしくないときは決まって私にお母さんが献体を希望していると先生や看護士さんに伝えて欲しい、そう言っていました。
ただ、1日でも長く、奇跡を。。。と願う私は献体を受け入れてしまえば母の生きる力をあきらめてしまうようで怖くてどうしても受け入れることができませんでした。。
そんな、日々が半年ほど続いた時のことです。
母が私にお母さんの献体、反対?そう聞くのです。私は正直に、これまで親孝行もしてやれなかった。最後くらい普通に見送りたい。。。それに何よりも、献体を受け入れたらお母さんが生きることをあきらめてしまうようで怖い。。。正直に伝えました。
すると母は静かにこう続けました
『何のためにお母さんは、介護の道見進んだと思う?少しでも誰かの役に立てたら良いなぁ。。。そう思ったから。周りを見て。お母さんより若いのに、こんなにたくさんの人が病気で苦しんでる。。。お母さんは生きることを諦めてないよ。病気になんか負けない、そう思ってる。でも、もし病気に負けてしまって死んでしまうことがあっったら、その時は、死んだ後も誰かの何かの役に立てるなら、お母さんはその道を選びたい・・・』そう言っていました。
その言葉でやっと私は母の献体を受け入れることができました。

正直今でも、普通に見送るべきだったんじゃないか。。。そう思うこともあります。
でも、献体と言うもののお陰で最後に私は母の偉大さ、強さを知ることができたと感謝しています。

・・・

と、一部省略もしましたが、覚えている範囲でこんな感じでお話ししました。

そして、スピーチの後、献体のご担当の方がこうおっしゃっていました
誰かの何かの役にたてるなら。。。献体を希望される方は皆さん、そういう思いでいらっしゃるようです。
確かに、1ご遺体で学べる医学生は4名です(こちらの場合)
でも、長い目で見ていただいたときに、その4名が何人の患者さんと向き合っていくか。。。そう考えると、故人の偉大さを感じます。。。そして感謝します
。。。とおっしゃってくださいました。
確かに、そうだな・・・と。。。
改めて今日は私もたくさん学ぶことができた一日でした。。。

天国の母へ・・・
今日もありがとう。。。

テーマ : 今日の出来事 - ジャンル : 日記

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DATE: CATEGORY:お知らせ
更新を続けてくださいとおっしゃって頂き本当にありがとうございます。。。
・・・でもこちらの更新は今日で最後にします。
ページの更新などはしていくつもりです。(リンク集など)
記事の更新は最後です。
母のこと、厚生省に問い合わせた件、その他色々伝えていくべきことが起こったときは元の日常を綴った方でお知らせしていこうと思っています。。。


1/7
感謝の気持ちを綴って。。。

今日で最後にします。。。

私たち母娘のブログにきてくださってありがとうございました


皆さんの励ましのお言葉やアドバイスがどれ程勇気をくれたか計り知れないほどです。。。
また、元気なうちに色々お話しておきたいことはお話しておいたほうが良いですよ・・・と普通ならこんなこと伝えるのは失礼なんじゃないかって躊躇してしまうようなアドバイスをくれた方もいらっやします。。。これは実際ご経験されたからこそのアドバイスです。。。
おかげで私は今、何も後悔していません。。。
ちょっとはっきりは母には言えませんでしたが、手元供養のこともきちんと話しておけました。。。
感謝の気持ちでいっぱいです。。。

これから・・・同じような気持ちになったり同じようなことをご経験される方がこのブログにたどり着いて少しでも何かのお役に立てたら幸いです。。。

だから・・・。
このブログはこのまま残しておこうと思います。
私たち母娘の奇跡・・・軌跡でもあるので・・・。

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

最期に。。。

お母さんへ。。。

【やさしい気持ち】をたくさんくれたお母さん・・・。
私はもし来世と言うものがあるのなら、またお母さんの娘にうまれてきたいと思います。。。
お母さん、ありがとう。。。
私はいつまでもお母さんの娘です。。。
うんでくれて・・・育ててくれて・・・本当にありがとう・・・。
大好きなお母さん・・・
いつまでもいつまでも・・・。
ずっと見守っていてください・・・。

ありがとう。。。


そして・・・


皆様へ。。。

今まで私たち母娘を応援してくださった皆様本当にありがとうございました。
みなさんと、文字だけでのやり取りでしたが出会えた事は私にとって大きな大きな宝です。。。
本当にありがとうございました。。。
皆様と皆様のご家族が今日も明日もあさっても・・・ずっとずっと笑顔でいられます様に・・・。。。。。
ありがとう。。。

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その後の事(献体後の火葬や供養などなど・・・思い出話・・・)は元のブログ→こちらで綴っていこうと思います。
良かったらたまに遊びに来てくださいね。。。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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DATE: CATEGORY:その他
1/6
今日は病気のこと・・・。

皆さん、健康診断は受けていますか?
特に専業主婦の皆様??まさかって思っている方??

母も専業主婦でした。。。
そして、元気が何より取り柄でいつもいつも元気でいっぱいでした。。。
病気なんてしない・・・お母さんは絶対長生きなんだろうな・・・そう思い込んでいました。。。

今になって振り返ってみると・・・。

1年以上前から少しずつ【胸が痛くなることがある】【風邪引いちゃった】【胸がヒューヒューする】そう言っていました。

母方の祖母が気管支が弱かった為母も似ちゃったのね・・・そう言って母自身も私も気にしていませんでした。。。

昔から、良く頭痛持ちで1年に1回脳の検査は受けていた母。大腸検査なども・・・。でも肺は・・・受けていませんでした。
会社勤めなどではない為、自主的に検査を受けないと、何も分からないんですよね。。。
市の健康診断も大丈夫と言って拒否していました。。。
元気だからと私も気にも留めてあげませんでした。。。

そして・・・。
あの日・・・2008年3月5日。。。
病気発覚。。。肺癌、脳に転移ありと言われたあの日・・・。

そのわずか数日前・・・
母は頭が痛い。。。右手に力が入らない。。。耳に水が入ったみたいにゴワゴワした感覚がするそう言っていました。
そして、何だかまっすぐ歩けない。。。と。。。

それでも、前日まで母は買い物に出かけたりもしていました。。。
今にして思えば恐ろしいほどの気力だと思います。
それでもまだ私は祖母の看病疲れだろうと・・・母が大病を患うはずがない・・・と言うかそんなこと考えもせずに少し休めば治るよ・・・手に力が入らないのも歳のせいかもねと言って笑っていました。。。

どうしてもっと早くに・・・と思い返せば後悔の気持ちしか出てきませんが。。。
入院患者さんを見ると同じように主婦の方々が多かった印象があります。。。

家族を一番に。。。家族のために尽くす母親。。。だからこそ。。。
家族が母親を気遣ってあげなきゃいけなかったんだな・・・と私が今更ながらに気付いた事です。。。

もちろん、病気は母親がなるばかりではありませんが。。。

大切な家族の小さなサインを見逃すことなくキャッチできるのは家族しかいないのかも・・・

当たり前ですが・・・相手を気遣う気持ち・・・常に忘れてはいけないってこと・・・みんなにみんなに伝えていかなければと思いました・・・。
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DATE: CATEGORY:看病
1/5
突然ですが・・・
皆さんの周りにはホスピスってありますか?
ホスピスが何かをご存知ですか?
きっとこちらに来てくださっている方は【ホスピス】が何かをご存知の方が多いと思います。
私は。。。ブログをやっていたお陰でホスピスを知ることが出来ました。。。
・・・と、言っても以前治療をしていた病院にも緩和ケアの小冊子が置いてあって目を通した事はありました。。。
でも、そこには痛みを和らげること=生活の質をあげること。。。と書かれているくらいでした。。。
(他と違いますよ~なんてアピールチラシ作れるわけないですものね・・・)
それで、私は前向きな治療を打ち切る時担当の先生にそれなりの総合病院なら痛みのコントロールは可能なんですよね?と聞きました。。。先生の答えはyes・・・。

しかし、そこに大きな違いがあったと後で気付きました。。。

痛みをとる事だけが治療ではないと言うことをはっきりと知りました。。。
・・・と言うか体験しました。
これまでずっと書き続けてきましたが・・・。

こんなにホスピスって終末期のがん患者さんとその家族にとってとっても大切なのになぜあまり存在しないのだろう??って思いませんか?
順番を待っている間に亡くなってしまう方が大勢いらっしゃる・・・順番を待ってやっとホスピスに入れても順番待ちが長すぎてホスピスでの生活がほんのわずかな時間しか得られなかったり・・・。

ホスピスの料金体制はご存知ですか?
個室料などが別途かかりますが。。。日額が決まっています。
治療に対していくらではなく決められた金額を納めるようになっています。
だから。。。もしかすると病院側は赤字覚悟・・・だったりするのかも知れませんね(すみません。。。あくまで私の個人的な考えです)

本当は、大きな総合病院や大学病院にだってホスピスは常設されていてもおかしくないんじゃないかな?って思います。
癌の治療をするなら大きな大学病院・・・でも、治療が厳しくなったら別の病院に移ってください・・・って・・・。
以前の私のように絶望感に苛まれた方って他にもたくさんいらっしゃるんじゃないかなぁと思います。。。

私自身・・・。近くの総合病院ではダメだ・・・そう考えてから本格的にホスピスの事を考えました。
県内には3つ。(検索では2つしか出てきませんでした)
どこも車で1時間~2時間以上。
県内が無理なら隣の福島県もあたってみようと調べたら1つ・・・。
少ない現実に一瞬、無理かも・・・と怯みました。。。
でも、ダメ元で県内の2箇所に電話、相談。。。
何とか、うまく運びました。。。
本当に運が良かったとしか言えません。。。

それと、もう一つ。。。
いつ、ホスピス行きを決断するか・・・。
どこまで前向きな治療に取り組むか。。。
誰だって最期まで希望を棄てずに頑張りたいですよね。。。だからこそ、ギリギリまで頑張るから。。。ギリギリになってホスピス行きを決断する。。。
もちろん、そうではなく、ゆったりと自分らしく生きたいからと早目に治療を切り上げる方や最後の最後まで前向きな治療をし続ける方・・・たくさんいらっしゃると思います。。。
ホスピスや治療の先生はホスピス行きを決断しなければならない患者さん自身のお気持ちをよ~く察して頂きたいなぁと思います。。。
そして・・・。
ホスピスに入ることを望んだ時、すぐに入院できるような体制が整う環境が出来ればいいなぁと思います。。。にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ←もう少し応援お願いします。。。いつもありがとうございます

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DATE: CATEGORY:看病
1/4
2009年、明けましたね。。。

今年も皆様と皆様のご家族や大切な人が笑顔で過ごせますように・・・。

年明けから仕事が始まっています。。。
家を出る時、後ろを振り返ると、何となく玄関先で母が行ってらっしゃいと言って手を振ってくれているような・・・そんな気がしてついつい後ろを振り返ってしまいます。。。
念願の年越しは叶いませんでしたが・・・。
ほんの少し御節を作り母に捧げました。。。

今日は月命日です。。。
もう一ヶ月もたちます。。。まだ一ヶ月です。。。そんなどっちつかずの気分です。
お花をたくさん買って華やかに母地蔵の周りを彩りました。。。

さて、さて・・・
伸び伸びになっておりましたが。。。

ホスピスでの看護(母編)です。
・・・母編と言うか・・・。私編の続きみたいなものです。。。
(今日は少し長いです・・・^^;)

母にとってホスピスはとても居心地の良い場所だったように思います。。。
と、言うのも一番はやはりスタッフの皆さんが母を病人としてではなく【人】として接してくれたことです。

だから、ずっと気にしていたオムツのことも最後の最後まで看護士さんたちはおトイレに手を貸してくださいました。
(一応、パンツ型のオムツは最期あてていましたが。。。)

お風呂に行かなくちゃと突然むくっと起き上がった母のために看護士さんは足湯でもしてみる?温まって気持ち良いよ・・・と言って用意してくださったり。。。
また別の日(天国へ旅立つ3日位前の事です)も母がお風呂お風呂・・・と言って起き上がった時には、じゃあ明日お風呂入ってみる?そう提案してくださいました。
その晩は明日はお風呂だから今夜は早く寝ないとね・・・そう私が母に言うとうれしそうに母はにっこりし。。。
当日の朝もお風呂だよ~お母さん良かったね~と言うと泣いて久々の入浴を喜んでいました。
入浴後も少し疲れた様子でしたが最高だったわ・・・そう言って笑顔でした。
私自身気付かないような事も看護士さんたちは親切に提案してくださっていました。。。
それもこれも母を患者さんとしてではなく・・・人として接してくれているからこそだったと思います。。。

大好きなコーヒーを飲むことも、香りを嗅ぐことも出来ました。。。

そして、いつも私がそばにいられたので、母が目を覚まし何か食べたい、飲みたい、おしゃべりしたい・・・そのタイミングを外すことなく対応できました。。。(通いだったらなかなか難しかったと思います。。。)

24時間、娘の私と一緒の時間を過ごす事で家にいるような気分になっていました。。。
元気だった時と変わらず目を覚まして【さ、○○さんち(←ご近所さん)行って来なきゃ。。。ちょっと、留守してて・・・】と言ってみたり・・・。

家に帰る事は出来ませんでしたが、家に帰っているような気分で過ごしていました。

母が穏やかに穏やかに笑顔で過ごせたのは環境の良さも大きかったと思います。
環境の良さが、母に奇跡を起こす力を貸してくれたように思います。。。

それに、治療の点においても大きな違いがあったと思います。
専門的な事はよく分からないのですが。。。
母の場合、ホスピスに移り、先生の判断できょうくうドレン(←すみません。。。漢字が分かりません^^;)を抜きました。
これも大きな勝算に思います。

近所の病院へ転院した時、担当の先生には胸の水が随分貯まっています。
癒着術を行います。水をしっかり抜き、癒着すればその後水が貯まりません。。。急いだほうが良いでしょう。。。と言う説明を受けました。
私は急いだ方が良い・水が貯まらなくなるの利点2つでお願いしますと言ってしまいました。。。
副作用のようなものは大丈夫か尋ねましたがその時の答えは人によっては熱が出ますが大きな問題ではないと言うものでした。

でも、水を抜き始め。。。どんどん母の容態は悪化。体力がグンと落ちました。

前向きな治療をしないから仕方ないのか。。。とも思いましたが看護士さんに聞くと、この抜けている水にもたくさんのたんぱく質などの栄養成分も含まれているんだとか。。。
それで一時的に体力が奪われるのかもと。。。

何だか心配になって担当の先生に聞くと(電話で・・・)答えは・・・
水を抜ききった後癒着術を行うのですが。。。今の体力だと癒着術を行った際に合併症として高熱が出たりもしくは癒着できない可能性もありますと。。。
え?癒着できない?じゃ、なんのためのドレン?今までどおり細い注射針で抜けばよかったんじゃ??と質問をすれば、そうですねえ。。。そういう理由で今まで癒着はしなかったのだと思います。。。なんて返答。。。
確かに、末期がん患者の母が高熱を出せば命取りになるかも・・・と後で気付きましたが。。。
ホスピスの入院受付の際に担当の先生に相談しておきました。。。
そして。。。
そうこうしているうちに、ホスピスへの転院が運良く決まり、ホスピスに移動後数日後に早速ドレンをはずしていただきました。
水は貯まってどうしようもなく苦しいのなら注射張りで抜いていただく約束をして。。。
この時、本当にギリギリの状態だった母。。。
その母の事を看護士さん同様、ホスピスの先生は患者としてではなく【人】として。。。
こんなホースが・・・こんな大きな穴が胸にあいてちゃ・・・辛いよね。。。そう言って外すことを承諾してくださいました。。。

確かに、ホースが胸に刺さっているような状態。。。体力的にも厳しかったのだと思います。
それに、太いホースが刺さっていては身動きも、寝返りさえもままならない。。。
このドレンをはずいていただいた事は、母の体力回復には大きな意味があったように思います。。。
そう考えると、何も分からず、癒着術やりましょう~と言われ二つ返事ではい、なんていってしまった事は恐ろしくあります。その時の先生のベストな判断だったのかもしれませんが。。。

治療は千差万別なのは分かっています。。。
でも。。。私たち母娘にとっては、ホスピスで過ごす事が・・・過ごせた事が母の命を延ばしてくれた・・・
だからこそ私も後悔せずに見送れた・・・
そう思っています。。。

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